地震

出身地が岩手の災害地だったので安否がわからない友人・知人が心配で毎日眠れぬ夜を過ごしていました。

発生後24時間報道番組はあっても、友人のすむ地域の情報はほんの僅か。それがあの津波と火災。

TVにかじりついて情報収集しようとしたが、こりゃ駄目だ!と感じ、まずは発生後2日目に、グーグルの「消息情報」サイトで検索。

友人名前を検索すると、すでに
「誰かがこの人物についての情報を求めています。」登録がありました。
友人の長男K君が登録したものでした。
多分関東にいるはずのK君、必死で手がかりを得るために動いていたのだと思うと涙が止まりませんでした。

私もメッセージと個人情報を登録しました。
翌日、携帯に知らないアドレスのメールが届きました。
K君からの連絡。地元ラジオで避難者名簿に家族全員の名前があったと。サイトに登録していた私にわざわざ連絡をくれました。

今度は生きていたという嬉しさで涙が・・・。


別の友人はご主人のお友達らしき人が登録していたのを見つけ、私は彼女と家族のわかる名前を登録。
その後また別の人が探していて登録が増えました。

しばらくしてその友人も グーグルに
「この人が生きているという情報を入手した人がいます。」

彼女も家族全員避難できていました。

その後避難所から移動したり、彼女の兄弟と連絡できているといった情報もあげられ
ここで彼女が確実に生きている、行動できているということがわかりました。

彼女たちは今のこの状況にあって、私がそこまで把握できているとは思わないだろうし、今は私の存在なんて
考えてはいられないはず。もうそんなことはどうでもいいの、生きててくれた、また会える日があるんだ。

また1日後
報道が彼女たちの町に入り、惨状を伝え始めました。けれどリアルはもう別のことを望んでいる。
必要なこと、必要なものを伝えてほしいはず。
救助に!、避難所に!

さらに昨日別の友人と知人の無事が確認できました。やはり地元情報で確認した知らない人からの連絡。

知らない人から「彼女に連絡がついたらメッセージを伝えて!」というメールももらいました。
ネットって、こういう使い方ができるんだ、そして人って繋がれるんだと思いました。

まだまだ安否が不明な人が大勢います。いろんな壁があります、先は決して楽観できません。


あったかいご飯を食べる時、あったかいお風呂に入る時彼女たちの顔が浮かんで泣けてきます。
それに
電力不足が深刻な今、私はパソコン、TV付けっぱなしでした。
体が冷えてしまい、ホットカーペット使っちゃってました。

何か始めなくてはいけないという気持ちと、何をどうしたらいいの?って気持ち
まだ混沌として自分で把握できない状態です。
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by cowata | 2011-03-15 22:37 | 復興・東日本大地震