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雨降り土曜日

今日はツグミの6年生初の参観日。

私はお仕事だったのでパパが参観に行きました。




さっきネットの「被災地伝言板メッセージ」をみていたら

釜石で同級生だった人が出ていました。

卒業以来会う機会もなかったし、

ちょっと本人かわからなかったけど年齢も同じだったので

友達に連絡してみたらやっぱり間違いないとわかりました。



聞くと

やはり市内で被災され、家や車を津波に持ってかれてしまったそうなのですが


地元のみんなにまた利用してほしいとお仕事の復旧をがんばっている様子で


立派なメッセージでした。W君がんばれ!
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by cowata | 2011-04-23 20:15 | 復興・東日本大地震

かつてここに・・・

うちの店がありました。

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内陸に住むお友達が実家に行った際、わざわざ写真を撮ってきてくれました。

市街地はまだ電気が復旧せず信号は止まったまま、道路は自衛隊・ボランティア・親戚たちの車で渋滞していて盆暮れよりも混んでいるという状態だそうです。

商店街にはアーケードがあって5年前に父が亡くなった折り納骨に訪れて、泊まったホテルの窓からはアーケードを見下ろせました。上から見ると錆付いていて年月を感じましたが、その屋根があったのでこの辺りは2階の倒壊を免れたようです。


どこの被災地も実際に暮らしていた人達が一番の災害者(被害者)で、外地から訪れた人々は口々にテレビで見るのとは全然違う・・・衝撃的だといいます。

そうだろうなぁ・・・きっと。


目の前で現実を見るのは辛いだろうけれど、


遠くから部分的にみるのもまた衝撃的です。


そして


当初からふつふつとあった気持ちは日に日に大きく膨らんでいます。

私はやっぱり自分の目で

私が住んでいた頃の「釜石」を見届けてきたい。


復興していつの日にか生まれ変わると祈り信じてやまないけれど


行きたいです



天気予報は下り坂
どうか被災地に冷たい雨を降らせないで・・・。
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by cowata | 2011-04-22 23:59 | 復興・東日本大地震

会いにきてくれました

私が小学校1年生のころ

父が犬を買ってきました。




「ジュン」って名前が付いていました。
ヨークシャーテリアで、血統書付きの親犬から生まれたのだそうですが
この子はなんかイマイチなところがあって「血統書」は付けられなかった…とかなんとか。



で、15年ぐらい生きてその後私が上京したあと実家で寿命を全うし逝ってしまいました。

それからもう20年以上も経ってします。


これは「ジュン」がまだ家に来て間もない頃の写真です。


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さて、


なぜ今「ジュン」かというと・・・



ちょっとこの手の話は苦手という方もいらっしゃるかもしれませんが


このところ


時々会いにやってくるのです。



前はちょうど震災のほんのちょっと前



当時「ジュン」が家にいて私も中学生とか高校生の頃

夜時々二階の私の部屋にトコトコと上がってきては、ベッドの布団にもぐりこみ
一緒に寝ていたのです。釜石は冬は寒いですからね~。

なので、「ジュン」が来ても部屋に入れるように部屋の障子戸は15cm弱いつも開けていました。

「ジュン」は必ず寝ている私のおなかの上を横切って壁側の布団、しかも毛布と上掛け布団の隙間に必ず入るのです。間違えるとやり直すこだわりよう。


まだジュンが存命だった頃


この布団にもぐる・・・を、


1度だけ本人(?)でなく感触だけのことがありました。




それは、「ジュン」が体調を崩して今夜が山・・・と獣医さんに言い渡された夜。


母がかわいそうだからと自分の部屋で見取ってあげようとした日です。


深夜にいつもの通り、二階の私の元にやってきて布団にもぐったので
「あぁ、元気になったのかぁ~」と思って翌朝起きてみると確かに持ち直していました。



ですが、母は「一晩中付きっ切りで見ていたけれど動き出したのは少し前で二階になんて行っていない」と言いました。

でも、確かに来ていました、ジュンの匂いもわかったし。



その後、同じようなことはなくなって



もう30年ぐらい経った今


同じく「ジュン」が来たので眠りながらもびっくりしたような気がします。


震災後、姉が泊まりに来ていた時にも


「そういえばこの間、久しぶりにジュンが遊びにきたよぉ」と話しました。


今改めて思うと



もしかすると


ジュンはなにかメッセージを持ってきてくれたのかもしれません。




そして



昨夜もやってきました。



今回は


なぜか毛布と掛け布団の間ではなく毛布の中にいましたが



眠りながら


私は


何度も何度もやさしくなでてあげていました。



「悲しいことがあったね、一緒に過ごしていた町だよね」
「でも大丈夫だよ、大丈夫」

そんなことが頭の中でゴワンゴワ~ンと鳴っていたような・・・。


ふと目が覚めて夢だったんだ・・・・と。



もう30年も会っていなかったのに、こうして会いに来てくれるのは




何か意味があるような……、ないような……。
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by cowata | 2011-04-19 00:39 | かぞくのこと

いただきます

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先日所沢で偶然に遭遇したTさんから ↑ が届きました。

わぁ~~~い!!!

これこれ、とっても美味しかったの。

右は「歌舞伎揚げ」でおなじみの「天乃家」の「古代米せんべい」

黒米・キアヌ・黒ゴマが入っていて食感も軽く香ばしい。


先日Tさん家にお邪魔した際お土産にといただいたのに

今回はなんと大きな袋(60枚入り)です。

子供たちも主人も一瞬にして虜状態となり、Tさんからの贈り物に

「やった、やったぁ~~」の大喜びとなりました。


さらに

左はコストコで売っているというチョコレート。

でっかいプラボトルにアーモンドチョコがいっぱいです。

おいし~~~。夕べだんなとむしゃむしゃといっぱい食べた気がしたけど

あまり減ってない感じ012.gif


Tさん、お忙しいのに


お心遣いありがとうございました040.gif040.gif040.gif


ちょっとずつ大切にいただきます035.gif
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by cowata | 2011-04-17 22:12 | 日々のこと

1歩めの1こ


昨日は強風が吹きました。

千葉のこのあたりは毎年この時期には必ず風が吹き荒れます。

葉っぱが顔を出し始めた桜も花びらをはらはらと散らせ、いさぎよく季節を次へ進めとばかりに退いていくよう。


あれから


心の中に鉛の玉を抱いたような


如何ともしがたい気持ちのまま


とにかく生活するためのハンドルをしっかり握り締め

1日1日を過ごしています。


「消しゴムはんこ」彫りたかったんです。


好きなことに集中して彫りたかったの。

でも、なぜか手につかなくて・・・・・・。



先日、レッスンを再開し生徒さん達とお話したり
お話を聞いたりしました。

ある人は16年前に大阪で阪神大震災も経験されていて
今回の地震に16年前のことがよみがえり震えが止まらなかったこと。


14階の集合住宅にお住まいのある人は揺れるテレビを押さえ
後になってからその部分にテレビが当たって痣となってたこと。


被災地のことを思うと本当に切ないけれど、私たちが元気でがんばらなくちゃねと
笑い合って確認し合えた気持ちでした。

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by cowata | 2011-04-16 18:40 | 消しゴムはんこ

みんな元気でよかった

木曜日は震災後、初のレッスンでした。

3月上旬にレッスンがあった後、地震があり3月2週目はお休みしたので


1ヶ月振りとなりましたが


地震の時の状況や心境などのおしゃべりをしました。


レッスン最後のほうではつけっぱなしにしていたテレビから

「緊急地震速報」のキンコンキンコンが鳴り、

一瞬ひやりとしましたが、揺れは感じずに済みました。


この日はほとんどレッスンには至りませんでしたが


生徒さんみなさんの元気なお顔を見ることができて


こころから嬉しかったです。



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こちらはIさんが仕上げてきた「オクタゴンのペンシルケース」


ファスナーの長さが微妙に合わないサイズのケースなのですが

余った部分を包みボタンでうまぁ~くカバーされて


とってもかわいい刺繍のお花のステッチも!


オクタゴンの部分で雰囲気がいろいろに変化するこのペンシルケース
たくさんの方が作ってくれています。Iさんらしさがよく出ているやさしい感じにできています。


私も今年は「2011バージョン」を作ろうかしら!!


Iさん完成おめでとうございます。



次回レッスンから通常モードでレッスン再開しましょう~!
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by cowata | 2011-04-16 18:11 | lesson

レッスン再開します

先月は地震直後でレッスンはお休みといたしました。
4月1週目は春休み中でしたので2週目4週目がレッスンといたします。

時々余震もまだあったりしますので、みなさま気をつけてお越しください。
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by cowata | 2011-04-11 00:08 | lesson

夕べの余震も大きくて、関東は311ほどではなかったけれど、
東北では前回よりも大きく感じられたというのを多く聞きました。

避難所にいる友達がどんな怖い思いをしたか想像するに余りあります。
被災地の人たちみんな同じです。

ところで、


ある知人から聞いた話。
知人は仕事で会社にペットボトルの水(12L)があったんだそうです。
最近、出張に出ていた上司からメールが届き
そのメールには住所と女性の名前があったそう。新種の迷惑メールか、チェーンメールかよ!と思ったそう。

するとその後上司から電話がかかってきて
「乳児のいる知り合いが東北(太平洋沿いではないらしい)にいる。
水がなくて困っているから2つ宅配便で送ってほしい。
帰ったら金は払うから・・・。」

その上司は当日夕方帰って来たそうで・・・。



知人は腰を痛めており24Lの水を会社から最寄のコンビニまで持って行くのだけは嫌だと思ったそうで、
会社から送ることを考えたそう。

すると総務部からは後で伝票の処理がややこしいから駄目。

しかたなく、

当日には帰ってきた上司の頼みで

他人私用の水を

会社からわざわざ購入し

宅配業者に来てもらい

まったくの他人宛(被災地でなくちなみに福島から結構離れた日本海側)に水を送ったそうです。


「俺だって、知り合いに小さい子がいる友人親戚いるけどさ、こういうことで仕事と私用と混同するのはどうなんだろ・・・。」

確かにこの事態で水がなくて困っている人が大勢いる!なんとか入手したいとがんばっている。
母子手帳持って開店と同時に買いに行く。
うちはもうそこまで小さい子供はいないからあえて購入は控えているけど・・・。

ちなみに、このあたりじゃ数量は限定されるものの購入は可能。
この間は500mlだったけど普通にスーパーの棚に大量に並んでいた。


上司さん、とりあえず出張から帰ってきてさ
自分で会社から購入するなり、スーパーで買うなりして

自分で行動しようよね。

勤務中の部下に頼むことじゃないんじゃない?

会社の仕事関係でたまたまあった水を私用に買うのも考え物だけどね。

まぁ、知人に聞いた話でございました。


震災でかなり様々な方面でしわ寄せがありなんだかすごく深刻なこともあるけれど
ちょっと冷静に考えれば避難所におくる物資のような緊急性のないこともある・・・。


もし私だったら、会社から水を分けてもらえたとしても、ちょっと後ろめたいからこっそり自分で誰にもわからないように手配するだろうなぁ。

その前に、「その水、譲って!」と言う勇気があるかは微妙。
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by cowata | 2011-04-08 23:47 | 復興・東日本大地震

大正軒付近

今日も1人、被災地に住む友達と連絡が取れました。
無事だということは早くにわかっていたものの、直接連絡が取れなかったので
どうしているのか・・・心配でした。

それからこれは21日に撮った(友人が写メ送ってくれました)
釜石の人なら誰でも知ってる「大正軒」付近の様子。おじちゃん、おばちゃんは無事だったのかな・・・。

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追記:

関係ないですが、

このところパソコンの調子が悪いです、すこぶる。
主人も口には出しませんが私のパソコンの寿命を薄々感じているようです。

使い慣れたパソコンなので、修理に出して復活してほしい気もしますが
新しいテレビが見れるパソコンが超ほしいです。
だって、先日超念願の薄型テレビはすでにget出来たんだもの。
地震があった311はテレビを買って5日目・・・倒れていたら悲しすぎる~~と思ったけど無事でした。
今、我が家で一番おりこうさんでかわいい奴です。
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by cowata | 2011-04-05 19:03 | 復興・東日本大地震

明日から新学期

震災から24日

春休みがいつのまにか始まり、実感のないフミヤの誕生日が過ぎ
あっという間に新学期。

被災地では新学期を迎える学校も機能していない、学校そのものがないというこんな春が
やってくるとは努々思わなかったですね。

なんだか準備もバタバタで、できているのかいないのか
子供たちにまかせ把握していませんが

フミヤは高校2年生に

ツグミは小学6年生になります。



私は

時間があれば新聞を開き、報道を見て、ネットで友達の住む町の情報を探したり
先日UPした通り、兄とも連絡が取れ一安心はしました。

でも

やっぱり今までどおりの生活ではないのです。

どちらのお宅でもそうなのでしょうが、今まで通りはもうないのかもしれません。


ちなみに私は
あれほど夢中だった「消しゴムはんこ」

あれ以来1度も彫ってません。
理由はないし、集中できるのでむしろ彫りたいと思ったりもいたしますが
なぜかできずに過ごしています。


被災地にいる友達とは何度かメールでやり取りをした後
連絡できずにいます。

地元出身の方のブログを見つけ日々レポートで彼女たちのいる避難所の状況はすこしわかります。
それを読んで彼女たちが今どう過ごしているのか想像しています。

だってがんばっているのは何も聞かなくてもわかる
がんばっている人に「がんばって」と言うのは辛い。
言われたほうも多分そう。
がんばってって他に言葉はないのでしょうか・・・

もう少し現状が変化してきたら連絡して見ようと思います。


ツグミの小学校も体育館が損傷していて、入学式も始業式もできません。

市内の学校の被害状況を把握した後修理の順番をきめて取り掛かるとかで、いったいいつ使える状態になるかは不明とのこと。

卒業式も中学校を借りて行いましたが、1年生の入学式も式を中学校で行いその後小学校まで移動した後
教室で教科書を配ったり担任の先生とお話したりするようです。

始業式は修了式同様、校庭で行うとのこと。


桜の遅い春です。
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by cowata | 2011-04-04 23:08 | 日々のこと