東京で

・・・東京駅周辺という意味ですが

数年ぶりにお友達に会いました。

お互いそれなりに年齢を重ねて
でも相変わらずスレンダーでおしゃれ、聡明でかわいくすてきな彼女でした。

お互い旧姓で呼び合い、
道行く人を気にせず大きな声で笑ったり
当時のノリでおしゃべりしました。


ランチしたあと刺繍専門店へ連れていってもらい
大好きな刺繍糸やお道具に癒され

そこの店員さんが、
隣のビルで小倉ゆきこ先生の作品展が開催されていることを
教えてくれてそちらも行ってみました。

程よい広さのギャラリーで、ものすごく繊細な刺繍の作品を
ゆっくり間近に拝見することができました。


↓ はそのすぐそば…たぶん日本橋3丁目の交差点で出会った銅像のキリン。

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どこのなんていうキリンか・・・などの説明は見当たりませんでした。



彼女はおのぼりさんおばさんの私にお疲れになってしまったかもしれないんだけど(笑)
私は本当に本当に楽しいひと時でした。

昔のお友達に会うとその当時にワープすることができて
今を少しだけ離れるから楽しいのかしら。

暫くぶりに電車に乗り(笑)
帰りはくたくたかも~と思って出かけたけれど
元気をもらったせいか
帰りもまったく疲れてなくて
嬉しい一日になりました。


旦那にも
「楽しかった!」と報告したら
「いいなぁ~」と羨ましがられちゃったよ。

「今度はこっちにも遊びに来いよ!」って言ってましたよ~~~。




これはおまけの画像

ピーターパンで買った
ふなっしーパン

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梨ジャム味でお子ちゃま向けでした~。
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# by cowata | 2014-05-27 15:40 | 日々のこと

絹糸

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先日ちょっと用事ができて実家に行ってきました。

その時、母からこれをもらいました。


伯母から貰い受けたものだけれど私にとのことで
有難くいただいてきました。


普段、パッチワークキルト用の糸や刺繍糸などとは仲良しの私ですが

【絹糸】とはあまりなじみがありません。


ですが


【絹糸】と私の出会いは案外古いのであります。


パッチワークキルトというものを知った私は
さっそく職場近くの東急ハンズに用具を買い求めに行きました。

その時点でまだ手芸屋さんというものを知らなかった。

さらに

針と糸と布さえあればなんとなくできるものだろうと思っていた私は

色の美しさから【絹糸】を購入。


つまりパッチワーク?というか縫物の1つ目は【絹糸】で縫っていたわけです。


伯母からもらった絹糸も
ちゃんと「オリヅル印 絹縫糸」と書いた化粧箱に入っていて年代を感じますが
光沢のある糸色はとても美しいものです。和の色ですよね。


数日して
そういえば私もあの時に買った絹糸、あるはず!と思い立ち
倉庫?のストックをガサゴソ探したらありました!ありました!

画像に写っている手前の右にあるピンク色の糸が
最初に買った糸の残り。なんと封を切っていないものが2つも・・・。
あの時いったいいくつ買っていたんだろう。


ほかにも10色ほどの糸が出てきました。


さて折角もらったきれいな絹糸で何かしたいぞ!


今までトライしたことのなかった「加賀ゆびぬき」

いろんな文様があり色も本当にきれいで 
是でしょう!!!


難しいのかなぁ~。でも楽しそうだなぁ~。
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# by cowata | 2014-05-21 02:34 | 加賀ゆびぬき

連休

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最近はビーズからフェルトに移行しつつあるマイブーム。


ちょっぴりずつしか進まないのですが


作るのは楽しい

出来ると嬉しい


画像の右のカップケーキはまだトッピングができていませんが


連休中に完成予定。


昨日からフミヤが帰省しています。

明後日には帰りますが
今までlineやメールでは聞けなかった近況を話してくれました。


自炊し一人暮らしを頑張っているようです。
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# by cowata | 2014-05-05 04:17

フミヤのところへ

今年もGWとなりました。



今日は予定外でしたが急に用事ができ

午後からフミヤのいる水戸まで行ってきました。


明日にしようかとも思いましたが
本格的な雨模様予報。

運転手の主人が高速代も休日半額だぞ!と言うので
では、といきなり。


今度行くときに持って行こうと用意していた
お米や調味料、衣類雑貨などを積み込んで
お休みだったツグミも同行してまいりました。

ちなみにGW後半の連休には帰省する予定。
まだ1か月も経ってはいないけれど

掃除洗濯自炊と学校の新生活で疲れも溜まってきているようなので
まぁいいんじゃないかな。

バイトも始めたらそうそう帰ってこられなくなるものね。
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# by cowata | 2014-04-30 03:08 | 日々のこと

はまった2曲

大好きな椎名林檎さんが演歌の石川さゆりさんとコラボ作品を作ったということは

ヤフトピの記事で見ていたけれど

SONGSで共演すると聞いて

これは見ないわけにはいかない!



ちなみに

演歌歌謡も大好きな私は


遠方へドライブする時には

「津軽海峡・冬景色」がなくてはならないマストな1曲である。


車には

「熱唱系演歌CD」と題した1枚が常備されており

眠くならないようこのCDに合わせて熱唱歌うので


子供たちが同乗する際は

各自耳栓がわりの携帯音楽プレーヤーで被害を最小にとどめる努力が必須のようです。


さて

ソングスでは

お二方とも素敵なお着物姿で
桜の京都を散策されたり、「太夫」のお座敷を愉しまれておりました。


披露された新曲




「暗夜の心中立て」は


重厚なイントロからゆったりと発せられる歌声が徐々に

情念の炎をむき出しにしていくような

昭和のムード歌謡←(勝手なイメージ)が私の心を射抜きました。

女性とかWOMANではなく「おんな」の唄!


胸元がばっくり割れたランジェリーかいと思うようなステージ衣装も
でっかく盛ったヘアスタイル(ちょっと往年の松尾和子を思い出してしまいましたが古すぎ?)も最高。

ほんとうに妖艶でうっとり。とってお美しかったです。
元がお上品な方なので、もうちょっとドレスがギラギラして派手でもいいんじゃない?って思ったほど。



「名うての泥棒猫」

もうタイトルからして林檎色満載
ご本人は「ザ・ピーナッツ」からインスパイアされてこの曲ができたとお話されていましたが

これぞ林檎と石川さゆりのコラボ
お見事~と拍手喝采したい1曲。

いずれも歌詞に花魁言葉がちょいちょい巧みに用いられながらも雰囲気は別。

ガラッとイメージを変えてのステージは

バックコーラスで林檎ちゃんが共演。

ふたりで60年代風にトレンチコートをお召しになって

おそろいの振付まであってなんて楽しそうなこと。


時折サングラスの下で普段ステージではクールな林檎ちゃんの口元がほころぶ場面も
林檎ファンの私にはほほえましく

もちろん

胸元でクロスする振りがワンテンポ遅れちゃったあたりも見逃しませんでしたわ。


さゆりさんの歌唱力は今やゆるぎないもの。
ちょっと出のシンガーとはここ(腕)が違いますってところを見せていただきました。


昔から言っていますが
私が歌謡曲が好きな理由は
歌詞にストーリーがある、背景がある、
人の営みが感じられるところです。



今回のコラボでは
林檎ちゃんの詞の世界にさゆりさんの唄がばっちり乗っかったと思います。


私の車のちかく登場するであろう
「熱唱系演歌2」にこの2曲が加えられることは



もう誰にも止められません。
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# by cowata | 2014-04-14 02:49 | 音楽

新生活

数日前に


フミヤが引っ越しました。


今まで行ったこともない街で一人暮らしを始めました。


昨日は大学の入学式


私たちは出席はしませんでしたが、


新しい学校生活に期待をもって第一歩を踏み出したようです。







私は


まだフミヤがいない生活に慣れてなくて



ちょっと淋しい気持ちです。
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# by cowata | 2014-04-09 05:17 | 日々のこと

巣立ちの準備

今日は春一番が吹き荒れました。


さて


4月からは親元を離れることになったフミヤですが


大学の寮の抽選に外れてしまったので


アパート住まいすることになりました。


週末


主人とフミヤと3人で出かけ、住まいとなるアパートを決めてきました。



現在は引っ越しに向け準備の毎日です。
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# by cowata | 2014-03-19 05:05 | 日々のこと

ご報告

昨年のセンター試験の撃沈から1年。


自宅浪人で頑張っていた?フミヤですが


このたび


おかげさまで


大学合格いたしました。


本人は

大学生になれることとともに


受験から解放され


ゲーム解禁になったことを心より喜んでいる次第です。





「大なり小なり」なら


大の口だと思いますが


受験する学校が地方大学のため

「念のため一緒に行こうかな~」と

同行宿泊した過保護な親は私だとカミングアウトしておきましょう。

(大学行のバスには一緒に乗っていませんよ(笑)でも確かにいた!いた!)


ホテルでは別の部屋に宿泊したし
受験中は市街を遊び歩いて
ほ~~~んの少しだけお出かけ気分ではなかったとは言えず

「はて、何しに来たんだっけ」的な同行ではありましたが

まぁおバカな親が緊張をほぐしていたということで良しとしておきましょう。



合格通知が届いて数日ですが

手続きはもちろん


引っ越しの準備があわただしくはじまりました。


本日は

学校の学生寮の見学会に一緒に行ってきました。

一応車で行ける範囲ですが1日がかり・・・。


入寮は抽選なので

念のためにアパートも当たっておかなければならず

それも数日後にまた行く予定。


1か月後には一人暮らしを始めるフミヤ。




人一倍めんどくさがりのフミヤがどこまでできるのかは知りませんが

今は新生活への希望や期待で前向きです。




バトンタッチするかたちで


春からはツグミが中学3年生


今度はツグミが受験生になります。
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# by cowata | 2014-03-11 00:30 | かぞくのこと

今まで感じたこともないような大きな地震


それが


日本をこんなに大きく変化させた


東日本大震災となりました。


3年が経って


被災した人も被災を免れた人も


さまざまな思いがあり


あるいは思いが薄れたり変化したり


まったく変わらなかったり


そんな3年だったと思います。


私はあの日


仕事の勤務に入っていて10分間休憩でオペレータルームから出ていました。

トイレを済ませた後、館内の休憩室に
同僚の仲間と一緒にテーブルの席に腰かけた瞬間でした。


男性社員が二人
休憩室(食堂)の窓のブラインドか何かの調子が悪く修理していましたが


揺れが始まるとふたりともすぐに食堂に備え付けている大型テレビが倒れてくるのを止めに
慌てて移動しおさえこみました。


私と同僚はテーブルの下に身を隠しました。

頭上にはガラス製のペンダントライトが大きく揺れていたのを覚えています。


そしてとっさに携帯でフミヤに発信

絶対にすぐつながらなくなると感じたからです。


「テレビはいいから揺れが収まったら外に出て!それから小学校へ行って私が行くまでツグミと一緒にいて!!電話を切らないまま行動して!落ち着いてよ!」


「落ち着くのはそっちでしょ。」フミヤは案外冷静でいて


(フミヤは当時高校生で期末テストの時期のためあの時間に自宅に帰っていました。)

結局携帯は電波が間もなく途切れ暫く連絡がつかない状態になります。



職場の私たちは誘導され建物の外に出て暫く待機した後、解散となりました。

私は休憩だったので私物をほとんど持っていたため、館内には戻らず1番最初に車で駐車場から出ました。

余震が続き道路のあちこちに崩れたブロック塀や置き去りになっている荷物などを横目に
自宅へと急ぎました。

普段の倍以上の時間が経っても家にたどり着けず

佐倉市内に入ると渋滞が著しくなり車は少しずつしか進まなくなりました。

国道を横切る京成電鉄が遮断機を下ろしたまま電車は止まって動かない状態になっていたので
その近辺の渋滞がひどくなっていたようです。


私は抜け道の小さな踏切り近くまで行き、その近くの飲食店裏の駐車場に車を置かせてもらい
そこから2kmほど走って小学校へ向かいました。

緊急引渡しで保護者が迎えにくるまで児童は学校にとどまっていると考えていたからです。

走ろうと思っても足がもつれて気ばかり焦っていました。

学校へ着くと
担任の先生が

「ごくろうさまです。ツグミさんはお兄ちゃんが迎えに来たので一緒に帰っています。」


「えっ?そうなんですか・・・」


これじゃ1年に1回練習している緊急引渡しの意味がないじゃないか!


引き渡し者に記入している人が行くまで保護しているのが緊急引渡しだろうが!!


そんな憤りは落ち着いてからゆっくりと湧いてきた不満でしたが。


自宅に戻ると玄関のドアを開けたままドアの前に二人で座っていました。

さすがに私を見つけて安心した表情を浮かべ

「家の中はぐちゃぐちゃだよ!すごいことになってるよ!テレビでもすごいよ!大変だよ!」

割れ物が散乱していたので靴のまま家に入り

万が一のために避難する準備をするよう着替えをリュックに詰めるよういい

家の中を見て回りました。1階は棚のものが落ちたり、台所で食器が割れたり
金魚の水槽の水もかなりこぼれていました。

2階へ行くと寝室のベッドが3台とも位置が大きくずれていて驚きました。

奥のフミヤの部屋に入ると

鍵をかけていなかった窓が揺れで全開になってカーテンがバタバタとたなびき

机の上の本類がすべて床に落ちぐちゃぐちゃ

揺れの被害はフミヤの部屋が一番でした。



一瞬フミヤと通話ができた時に

「テレビはもういいから」

と私が言ったのは3日前にようやく購入した薄型大型テレビがきっと倒れているだろうと予想したからです。


でもテレビは奇跡的に揺れに対して垂直においてあったせいかテレビ台からずれただけで



皮肉にもその大型画面では

あの忘れもしない大津波が押し寄せる映像や町の中を荒れ狂う津波の映像をヘルメットをかぶったアナンサーたちが伝えていました。



この時私は

まだ主人や実家の家族の様子がわからなかったので

不安を隠そうと気を張り詰めていました。


暗くなった道を「大丈夫、大丈夫だよ」と二人に声をかけながら車を取りに歩いて向かいました。

そこから自宅まで普段ならほんのわずかな距離をずいぶんな時間をかけて帰って来ました。


家に着くと主人がすでに帰宅
道路も渋滞、電車も止まっているからと会社から3時間以上かけて自転車で帰って来ていました。


その間に実家の無事もある程度わかったのでやっと少し安心


その日は2階の寝室ではなくリビングに4人並んでテレビ報道をかけたまま眠ることにしました。


余震のたびに私とフミヤは目をさましというかほとんど眠れませんでした。


異常な事態に精神的に刺激を受け興奮に近かったのだと思いますが



その後私が

大惨事に頭が真っ白になり、おかしくなり始めたのは翌朝から。



あとは


徐々に報じられる被災状況に


さらにさらに


心が押しつぶされていってしまいました。










なぜ



私が今



こんなことを長々記しているのかというと





時の経過とともに少しずつ薄れていく記憶を



決してなくしたくないのです。



一生この日のことを


心に留めておくために


ここへ記してここへ戻って来よう。


そう思ったから。


私が抜け殻のように愕然としている間に
主人が何も言わず、もくもくと家の中を片づけてくれたこともそう。

あの時に思ったこと、悲しかったこと、怖かったこと、苦しかったこと、

みんなが心配しあいメールや連絡を交わしたこと

グーグルでつながれたこと

そんなことをいつになっても思い出そう、感謝の気持ちも。



あの日のあの時

あなたは何をしていましたか?何を思いましたか?




あの日を思い出すべき時が


私は必要なんです



多分この先も一生。
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# by cowata | 2014-03-11 00:00 | 日々のこと

こざくら


今日は美容院へ行き


暫くぶりに髪の毛を短くカットしました。

20cmぐらい短くなりました。

軽い~016.gif



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さて

今日の「とりたま」は


おさんぽ こざくら」という子です。


グリーンが手持ちのビーズにいいのがなかったのですが
それなりにかわいくできました。

今までの
「とりたま」との相違は

そう!

尾と羽があるというとこ。

尾はお手本より若干小さく作りました。


この尾はねありバージョンは2作目で
1作目は
あおぽっぽ」(青い鳥)を作っています。

幸せを運んできてくれるように
受験生のフミヤにプレゼントしましたが


それとな~く引き出しに仕舞われてしまいました(笑)。


次作はまた週末までおあずけです。




余談ですが


「Hulu」で

昔見ていた好きなドラマがUPされました。
いつもは米ドラマや映画を見ていましたが
「TBSオンデマンド」が仲間入りしてくれたおかげで

面白かったころの「金曜ドラマ」など結構いっぱいみれます。
時代の流れを感じさせられるものばかりですが
その当時ハラハラドキドキみていたのを思い出します。

ちなみに一番最近に見たドラマは・・・

続きはまた次回にします。
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# by cowata | 2014-02-19 00:49 | Beads